「母になったことを後悔していると打ち明けた女性たち」というテーマの書籍が、昨年の秋に新潮社より刊行されました。
著者は、NHKで働く30代半ばの女性記者とディレクターの2名です。
本書では、36歳から50歳までの8人の母親にインタビューを行い、それぞれが「後悔」に至るまでの背景や心情を丁寧に掘り下げています。
今回、執筆に込めた思いについてお話を伺いました。
(※2025年2月19日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)
悲しいかな、母であることの後悔に向き合う理由
「子どもを産まなければ良かった」と感じる母親が実際に存在すること、そしてその背景を明らかにする必要性を強く感じました。
そう語るのは、NHKの記者であり本の共著者の1人である高橋歩唯(あい)さんです。
高橋さんは、2022年の春に出版されたイスラエルの社会学者オルナ・ドーナトさんの著書『母親になって後悔してる』(鹿田昌美訳、新潮社)の日本語訳が登場した際、その読者の反応を取材しました。
この書籍では、イスラエルの母親23人が「子どものために自分の人生を犠牲にした」といった率直な思いを語っています。
長い間語ることが憚られてきた「母親としての後悔」というテーマが正面から取り上げられており、日本でも多くの人々に衝撃を与えました。
後悔という言葉に向き合った取材の始まり
当時33歳だった高橋さんは、周囲との会話の中で結婚や出産に関する話題が増えるにつれ、「出産後に後悔する人もいるのではないか」という疑問を持つようになりました。
その思いから、高橋さんはSNSなどで感想を発信していた女性たちに取材を行い、その内容をNHKのウェブサイトで記事として公開しました。
すると、記事の投稿フォームには共感や体験を語る声が次々と寄せられたのです。
同じく33歳のディレクター、依田真由美さんと共に取材を重ねた結果、このテーマは「ニュースウォッチ9」や「クローズアップ現代」などの番組でも取り上げられました。
伝えきれなかった思いを本という形にしてみたら
短時間の放送だけでは、「後悔」の背景にある感情やその理由を十分に伝えることが難しい。
そう実感した高橋さんと依田さんは、母親たちの人生を丁寧にたどる「ライフストーリー・インタビュー」の手法を取り入れ、書籍としてまとめることを決めました。
本の中では、出産を後悔した7人の母親に加えて、後悔していないと語る人々や、その「母の後悔」に触れた子どもたちの声にも耳を傾けています。
高橋さんは、「一見ささいに思える出来事も、順序立てて聞いていくことで、後悔に至る過程が自然と見えてきました」と振り返ります。
例えば、子どもに頼まれて砂でプリンを作っては壊される繰り返しの日々、仕事を理由に育児の負担を妻に任せる夫、そして「お母さんは女神でいてほしい」と言われたこと・・・
こうしたエピソードには共通する要素が多く、特別な事情ではなく、多くの家庭に通じる現実であることが明らかになりました。
「透明になっていく、自分が無くなる」ある母親の声が問いかけるもの
「どうして母親だけが、子どもに費やした時間の“残り”で自分の人生を築かなければならないのでしょうか。出産してから、自分が少しずつ存在を失っていくような気がしていました」
こう語ったのは、2人の子どもを1人で育ててきた50歳の女性です。
依田さんは、この女性が使った「透明」という表現に強く心を動かされたと話します。
「後悔の気持ちを言葉にできない母親たちは、まるでその感情さえ無視されてきたのだと思います」とも語りました。
この女性は後に、子育てを続けながら大学に入学しました。
そして、教室の机の上に自分の名前が記された用紙が置かれていたことで、「ようやく自分を取り戻せた」と感じたそうです。
母になる?ならない?揺れる心と見えてきた現実
取材が続く中で、依田さんが妊娠していることが判明しました。
彼女はかつて、自身の母親が何気なく「子どもなんて産まなければよかった」と口にしたのを耳にし、その時「自分は絶対に母親にはなりたくない」と感じたそうです。
ところが、多くの母親たちの声に耳を傾ける中で、その思いに変化が生まれました。
子育ての中で後悔の気持ちを抱くのは、むしろ自然なことなのだと理解したからです。
実際に育児が始まると、「母親とはこうあるべき」という社会の期待に縛られる瞬間も多くあります。
それでも、取材で語られた母親たちの「再び立ち上がる力」に、自分自身を支える「お守り」のようなものを感じるといいます。
一方で、高橋さんは「自分は今のところ、母親にならないという道を選びたいと思っています」と率直に語りました。
2人の考え方は異なりましたが、それと同じように読者の受け取り方もきっと多様であるはずです。
「苦しいけれど、幸せです」という決まり文句の背後に、これまで見過ごされてきた本音が確かに存在している・・・本書は、そうした現実を静かに、しかし力強く伝えています。